大判例

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名古屋地方裁判所 昭和38年(わ)1025号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ罰金二、〇〇〇円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

本件公訴事実中建造物損壊の点につき、被告人らはいずれも無罪。

一、事実

(犯行に至る経過)

名古屋市南区江戸町三丁目三七番地所在東邦製鋼株式会社は、昭和三六年末から同三七年初めにかけ、当時の経済成長の波に乗って設備投資に力を入れ工場を拡張したものの、その後間もなく政府の急激な金融引締に遭遇し、同社の受注が大幅に減少した結果資金難を招来し、他会社の資金援助を受けざるを得ない状態に立至った。かような状況下において同社は一旦は太平製作所の資金援助を受けることとなり、右製作所の人員整理の要望を容れて、翌三七年一一月末頃その方針を決定したうえ同社の従業員をもって組織する東邦製鋼労働組合(以下東邦労組と略称する)に対し従業員一〇〇名の解雇を通告したが、間もなく同製作所が援助申出を取消したので右解雇通告も撤回されることとなった。

しかるにその後同製作所に代わって資金援助を申し出た大同製鋼株式会社は東邦製鋼に対しその援助の条件として人事計画の実施を強く要請したので、翌三八年一月一八日東邦製鋼としてもその意向に沿うべく前記東邦労組に対し再び四四名にのぼる指名解雇の通告をなした。

前記一〇〇名の解雇通告の際においても同労組はこれを不満としてビラ貼り、集会等の反対闘争を展り拡げていたものであるが、右解雇通告を取り消した際、労使間に締結された協約を無視して会社側は更に強力な前記指名解雇を一方的に通告して来たので、同労組はここに一致協力して立上ると共に、愛労評、全国金属愛知地方本部、鉄鋼労連中央本部、同東海地協、南部地区労及び民主団体に支援共闘を呼びかけ、同月三〇日東邦労組並びに前記団体中、民主団体を除く五団体をもって共闘会議を正式発足せしめ、以来右共闘会議の決議に基ずく意思統一の下に団体交渉、ビラ貼り等の労働争議が展開せられた。

社会主義青年同盟(以下社青同と略称する)も民主団体の一員として右共闘会議にオブザーバーとして出席すると共に、会議の正式メンバーと同様右意思統一の下に労働争議に参加支援することとし、社青同所属の被告人両名はいずれも同盟の指令に基ずきその一員として被告人大藪勇機は同年二月初めから、被告人岡島詔は同年一月二四日から前記東邦労組労働争議に参加し支援活動を続けて来た。

東邦製鋼では前記指名解雇通告当時従業員の任意退職が相次ぎ一月下旬においては解雇を指名せられた者の中在職者は残り僅か五名となった一方、当時の従業員数も人員整理に当って当初予定された再建人員二二三名の線を既に割っているのに拘らず会社側は強硬に残り五名の解雇を実行すべく同月二九日右五名に対し再度書面をもって解雇通告をして来たので、組合側としては右五名中に組合の中心的人物が含まれていることからこれをもって会社側の組合切りくずしの一策と判断した折も折、翌二月九日の団体交渉の際会社役員より右の意図が明らかにされたので、ここにおいて組合側は更に強力な闘争を決意し翌一〇日の一斉ビラ貼りを決議するに当り、右決議は東邦労組員を通じて社青同に報告せられた。

(罪となるべき事実)

被告人両名は右決議に基き社青同の一員として東邦労組の前記ビラ貼り活動を支援すべく東邦製鋼会社内に社青同名入りのビラを貼布しようと思料し、同年二月一〇日午前九時四〇分頃、日曜日であるため各出入口を閉鎖して施錠のしてある東邦製鋼会社事務所建物東側に至り、同所において共謀の上、同建物内部に所携の前記ビラを貼付する目的で、たまたま施錠してなかった同建物階下東側の左右開閉のガラス窓敷居を順次乗り越えて、東邦製鋼総務部長小林是清管理にかかる同事務所建物内に故なく侵入したものである。

二、証拠の標目≪省略≫

三、法令の適用

被告人両名の判示所為は、いずれも刑法六〇条、一三〇条前段罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金二、〇〇〇円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することが出来ない時は、刑法一八条によりいずれも金五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

四、無罪理由の説明

(一)  本件公訴事実中、建造物損壊罪にあたる事実の要旨は、

「被告人両名は、共謀の上、昭和三八年二月一〇日午前一〇時頃、名古屋市南区江戸町三丁目三七番地所在東邦製鋼株式会社事務所建物内一階事務室において建造物の一部である同事務室内カウンターの上面及び側面に「東邦の斗争の発火点にせよ 社青同」「首切りには労働者のド根性で戦うぞ 社青同」等と印刷したステッカー(縦約三六、五糎、横約一二、五糎)合計九二枚を糊で貼付し同カウンターを著しく汚損し、もって建造物を損壊したものである。」と謂うにあり、右の事実は当法廷にあらわれた各証拠によってこれを認めることが出来る。

しかしながら、当裁判所は右行為をもって刑法第二六〇条所定の建造物損壊罪に該当しないものと解する。

そもそも同条は「他人の建造物又は艦船を損壊した」場合これを処罰するものと規定しているのであって、その「損壊」という言葉の持つ本来的意味はある対象物の物理的毀損を謂うものと思われるから、同条に予想せられた行為定型も本来は建造物の物理的毀損行為であったものと解され、右の解釈は改正刑法準備草案によっても支持されているもののようである。即ち、同草案第三六九条第一項に、器物損壊罪として「他人の財物を損壊し、もしくは隠匿し、又はその他の方法でその効用を害した者」と規定しているのに対し同三七〇条には建造物損壊罪として「他人の建造物を損壊した者」とのみ規定され「その効用を害した者」との文言を用いていない点から考えると、右草案においては「損壊」は「効用を害する方法」の一態様であっても「効用を害する方法」そのものではなく、「損壊」と「効用を害する方法」とは別個の概念としてとらえられていることが窺い得られるからである。しかしながら大審院以来の判例は、いずれも器物損壊罪についての事例であるが、その「損壊」の概念について「単に物質的に器物その物の形体を変更又は滅尽せしむる場合のみならず、事実上若しくは感情上その物をして再び本来の目的の用に供すること能わざる状態に至らしめたる場合をも包含せしむるものと解釈するを相当とす」(大審院明治四二年四月一六日判決)とし、或は「物質的に物の全部、一部を害し又は物の本来の効用を失わしむる行為」(最高裁昭和二五年四月二一日判決)との解釈の下に、他人の飲食器に放尿し(前記明治四二年の判決)、床に掛けた幅物に不吉と墨書し(大審院大正一〇年三月七日判決)、他人の挿苗を引き抜いてこれを投棄した行為(同昭和三年五月八日判決)並びに盗難、火災予防のため土中に埋設したドラム缶入ガソリン貯蔵所を発掘して露出せしめる行為(前記昭和二五年の判決)等を指してこれを「損壊」なりと判示しており、建造物損壊罪(刑法二六〇条)の判決としては「刑法二六〇条に所謂損壊とは物質的に建造物又は艦船の形態を変更又は滅尽せしむる場合のみならず事実上建造物艦船をその用法に従い使用することは能はざる状態に至らしめたる場合を包含するものと解するを相当とする」(大審院昭和五年一一月二七日判決)として、家屋を地上から三尺位持ち上げ十数間移動せしめた行為を建造物損壊にあたると判示している。以上を通覧するに「損壊」の概念の解釈に対する判例の態度は、抽象的には前掲昭和二五年の最高裁判決に見られる通り、物理的毀損行為に限らず、その他の方法による物の本来の効用を失わしむる行為を包含するものの如く解するものと見ることが出来るのであるが、右の各個事例を具体的に検討してみると、いずれも、そのままでは、当該建造物又は器物全体の本来の用法に従った使用が殆んど不能に近いまでに害された事例であることが明らかであるから、要するに判例の「損壊」に対する考え方はそれが器物に対すると、建造物に対するとを問わず物理的毀損行為及び物の本来の効用を失わしめる行為を謂うのであり、後者は具体的には全体の本来の用法に従った使用が殆ど不能の状態に至らしめる行為を指すものと解される。そこで当裁判所としても罪刑法定主義の要請に照し、刑法第二六〇条の「損壊」の解釈については右判例の趣旨を明確にし、物理的毀損行為については、その「損壊」が建造物の全部であると、一部であるとを問わないが、(前掲昭和二五年判決参照)その他の方法によって効用を失わせる行為については、建造物全体としての見地から建造物を本来の用法に従い使用することが殆んどできない状態に至らしめる行為を謂うものと解する。よって本件事案を考察するに、検察官は、本件建造物は当該会社における最も重要な機能を有する場所であり、且つ被告人らがビラを貼ったカウンターは来客の応待に使用されるもので、美観が最大の要素であるから被告人らの本件行為は建造物のもつ美観という効用を害したもので建造物損壊罪に該当するものと主張する。しかしながら、前述のところから明らかな如く、本件ビラ貼りをもって建造物損壊罪を構成せしめる為には、本件建造物を全体として見て、本来の用法に従い使用することが殆どできない場合であることが必要である。かような見地から先ず本件建造物の本来の用法はいかなるものかを検討するに、当法廷で取り調べた実況見分調書等によれば、本件建造物は事務室、社長室、応接室、会議室等から成っていて一階事務室は総務課、営業課、経理課が事務に使用していることが認められるのでその本来の用法は本社諸事務の執行のための場所として使用することである。

ところで本件建物の内部や外側の美観ないし外観も又右建物の効用の一つであり、本件のカウンターは来客の応待に使用されるものであるから殊に然りと言わなければならないことは検察官主張の通りであるが、その美観ないし外観の汚損をもって、本件建物の「損壊」と言い得る為には、それにより職員又は来客に対し著しい嫌悪、不快の感情を与え、そのため同建物内で本来の事務を執行することが殆どできない程度に支障をきたした場合を指すものにして、右の程度に至らない単なる美観ないし外観の汚損は、刑法第二六〇条所定の「損壊」には該当しないと解する。

しかして被告人らの本件行為は、右建物事務室内の接客用カウンターの上面及び側面に九二枚のビラ(縦約三六、五糎、横約一二、五糎)を糊で貼付したというものであるが、右カウンターに九二枚のビラが集中的に貼付せられたとは言うものの前記実況見分調書により明らかな如く、ビラの形は全て一定しており、しかもそのビラは整然と配列されて貼付せられているものであって醜悪見るに耐えないものとは認められないのみならず、同カウンターは本件建物の僅かな一部分を占めるに過ぎないものであるから、如何に被告人らの本件行為によって同カウンターの上面及び側面全体にビラを貼付せられたものとは言え、建物全体の見地から見るならばその外観の毀損の程度は軽微なものと言い得る上に、同カウンターの本件事務室における重要性はこれを認めることが出来ても、これがため来客との応待に多少の支障は考えられないでもないが、会社事務所全体としての本来の用法に従った使用が殆どできない状態に立至ったものとみることは出来ない。

よって当裁判所は、被告人らの本件行為をもって建造物損壊罪に該当しないものと解するのである。

(二)  右述の如く、当裁判所は被告人らの本件行為をもって建造物損壊罪に該当しないものと解するのであるが、右は軽犯罪法第一条第三三号の構成要件に該当するものの如くであって同罪の成立が考えられるから、その点につき当裁判所の見解を付言するに、前示公訴事実の如く、被告人らは、東邦製鋼会社事務室内カウンターの上面及び側面に合計九二枚のビラを糊で貼付し、もってみだりに他人の家屋に貼り紙をし、これを汚したものであるから、右所為が軽犯罪法第一条第三三号の構成要件に該当することは明らかであるが、これは東邦労組の解雇反対闘争の支援活動としてなされたもので、後述の如く右争議行為の一部を形成するものであり、建造物損壊罪に至らない本件程度の軽微なビラ貼り行為は社会通念上相当なる争議行為として是認せられているものといってよく、その範囲を逸脱しているとは到底認め難いので、この点につき当裁判所は刑法第三五条により違法性を阻却するものと解するのである。

そもそも争議行為とは、労働争議にともない労働組合ないし労働者の団体(争議団)の団体行動として、即ち団体の正当な手続による意思決定に基いて団体の統制の下になされる行為及びそれに当然附随する行為を言うものと解されるところ、被告人両名は、共闘会議のオブザーバーの地位にある社青同の一員として本件争議に参加したものであるから、労働組合法第一条第二項との関係でやや疑問を生ずるも、同条項は、憲法第二八条との関係において争議権等の団体行動権を確認した規定であって、刑法第三五条適用の対象を労働組合の団体行動に限定する趣旨のものではなく、要は労働者の団体行動であり社会的に正当なものとして是認せられるものであれば良いのであるから、前記解釈に従うならば、被告人両名は従来前記共闘会議の決定した方針の下に行動し、又本件ビラ貼りも東邦労組の決定指示に基きその方針の下になされた行為であることは、被告人両名の当公判廷における供述及びその他の当法廷に顕れた各証拠によって認められるので、前記「争議行為」と言い得るから、刑法第三五条を適用して前記結論に到達した次第である。

(三)  以上の通りであるから、本件公訴事実中建造物損壊罪の点は構成要件該当性を欠くものとして、刑事訴訟法第三三六条前段に則り、右の点については、被告人両名に対し無罪を言い渡すものである。

五、弁護人らの主張に対する判断

弁護人らは、判示事実について、正当な労働争議の一環をなす行為として違法性を欠く旨主張するので、この点について検討するに、被告人両名が判示所為に出でた目的は、本件建物内に所携のビラを貼付することにあったこと、しかしてそのビラ貼付行為が前記無罪理由中に掲記の理由により東邦労組の争議行為の一環としてなされたこと弁護人主張の通りであって、当裁判所としても、その手段としてなされた判示所為が争議行為の一環をなすものであると認めるに吝さかではないが、一方昭和二八年一月三〇日最高裁第二小法廷判決(刑集七巻一号一二八頁)の趣旨に鑑みて本件事案を考察するに、被告人両名の判示所為は①当日は、日曜日であったため会社は休業で本件建物内では仕事をしていた者はなく、②従って、たまたま施錠してなかった本件ガラス窓を除く全ての窓、扉等は施錠され、閉鎖せられていたものであり、③被告人両名は右事実を察知しながら前記目的の下に、右ガラス窓敷居を乗り越えて本件建物内に侵入したものであって、その手段、方法は、如何にこれを争議行為の一環としてとらえるとしても、社会通念に照らし、その正当性の範囲を逸脱しているものと解せざるを得ず、弁護人の主張はこれを採用することが出来ない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野村忠治 裁判官 水谷富茂人 桑原慎司)

理由

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